2-1. 京ことばの音韻

目次


2-1-1 京ことばの音韻

表・京ことばの音韻体系([]内はIPA表記)

[a]

[i]

[u]

[e]

[o]

[ja]

[ju]

[jo]

[ka]

[ki]

[ku]

[ke]

[ko]
きゃ
[kja]
きゅ
[kju]
きょ
[kjo]

[sa]

[ʃi]

[su]

[se]

[so]
しゃ
[ʃa]
しゅ
[ʃu]
しょ
[ʃo]

[ta]

[tʃi]

[tsu]

[te]

[to]
ちゃ
[tʃa]
ちゅ
[tʃu]
ちょ
[tʃo]
つぁ
[tsa]
つぉ
[tso]

[na]

[ɲi]

[nu]

[ne]

[no]
にゃ
[ɲa]
にゅ
[ɲu]
にょ
[ɲo]

[ha]

[çi]
[hi]

[ɸu]

[he]

[ho]
ひゃ
[ça]
ひゅ
[çu]
ひょ
[ço]
(ホゥ)
[xu]~[hu]

[ma]

[mi]

[mu]

[me]

[mo]
みゃ
[mja]
みゅ
[mju]
みょ
[mjo]

[ɾa]

[ɾi]

[ɾu]

[ɾe]

[ɾo]
りゃ
[ɾja]
りゅ
[ɾju]
りょ
[ɾjo]

[wa]

[ga]

[gi]

[gu]

[ge]

[go]
ぎゃ
[gja]
ぎゅ
[gju]
ぎょ
[gjo]
※語中では [gV]→[ŋV],
[gjV]→[ŋjV](Vは母音)

[za]

[ʒi]

[zu]

[ze]

[zo]
じゃ
[ʒa]
じゅ
[ʒu]
じょ
[ʒo]

[da]

[de]

[do]

[ba]

[bi]

[bu]

[be]

[bo]
びゃ
[bja]
びゅ
[bju]
びょ
[bjo]

[pa]

[pi]

[pu]

[pe]

[po]
ぴゃ
[pja]
ぴゅ
[pju]
ぴょ
[pjo]

 長く日本の中央語だったこともあり、体系そのものは現代共通語とそう変わりありません。くゎ [kwa]・ぐゎ [gwa] がないのも、四つ仮名(じ [ʒi] ←→ぢ [dʒi]・ず [zu] ←→づ [dzu])の区別がないのも共通語同様です。
 ただ一つ特殊な音として、「やす」や「どす」「ます」など「す」で終わる丁寧の助動詞の後に、助詞が続いた場合にのみ現れる「軟口蓋摩擦音(フ・ホゥ [xu]~[hu])」があります。これはドイツ語の "ch(ツェーハー)" やスペイン語の "j(ホタ)" に似た感じの音で、たとえば「どすな」は「どホゥな [doxuna]」、「どすか」は「どホゥか [doxuka]」というふうに聞こえます。

 いわゆる四つ仮名は、破擦音(「ち・つ」の濁ったもの)で発音されがちな共通語と異なり、京都では摩擦音(「し・す」の濁ったもの)として発音されることが多いようです。

 鼻濁音は上の世代ではほぼ確実に使用されます(参考リンク・第1図~第2図参照)。世代が下がると破裂音[g] や摩擦音[ɣ] の使用も増えてゆきますが、このあたりは東京語と似たり寄ったりな状態と言えそうです。
 なお鼻濁音を使う方の中には、「ぐにゃぐにゃ」や「ごにょごにょ」のようなガ行+ニャ行の繰り返しからなる擬音・擬態語を、「く゚にゃく゚にゃ [ŋuɲaŋuɲa]」「こ゚にょこ゚にょ [ŋoɲoŋoɲo]」と発音なさる方もいらっしゃるようです(『京都府のことば』明治書院・p.29参照)。

 母音の「う」は、東京を含む東日本では唇をすぼめずやや曖昧に発音されることが多いのに対して、京都では他の西日本地域同様、唇をすぼめてはっきり [u] と発音されます。
 普段の会話の中でこの違いを意識することはほとんどないでしょうが、私は以前「プッチンプリン」のCMで出演者の言う「プッチン」の部分が、何遍聞いても「パッチン」に聞こえるという経験をしたことがあります。母音「う」の発音法の違いが引き起こした極めて稀なケースではあったのでしょうが、実際にこういうこともありましたので、東日本出身の方が京ことばを話される際は「ウの段」の発音にお気を付けくださいませ。

2-1-2 音韻変化・訛

2-1-2-1 「ん」←→「い」

 「ん」と「い」は入れ替わることがあります。

  • 「じゃけん」→「じゃけん」
  • 「げいん(原因)」→「げいん」
  • 「ふんいき(雰囲気)」→「ふいんき」

 また「ん」は「う」とも入れ替わることがあります。

  • 「とがらし(唐辛子)」→「とがらし」
  • め」→「め」
  • ま」→「ま」
2-1-2-2 「ゆ」→「い」

 「ゆ」は訛ってよく「い」に変化します。

  • がむ」→「がむ」
  • 「おかゆさん」→「おかさん」
  • 「あ」→「あ
  • 「かい」→「かい」
  • 「かわい」→「かわい」

 これらは [ju]→[y]→[i] という変化を経た結果と考えられます。
 京都方言には「(イの段)+い」で終わる形容詞、たとえば「大きい・楽しい」などの連用形が訛って、

  • 「大きゅう」→「大きい」 ([ookjuː] → [ook] → [ook])
  • 「楽しゅうて」→「楽しいて」 ([tanoʃuːte] → [tanoʃyːte] → [tanoʃiːte])

 となる傾向がありますが、これも「ゆ」が「い」に訛る現象の一部です。

2-1-2-3 「サ行」→「ハ行」

 子音ではサ行がよくハ行に変化します。とりわけ「し」はよく「ひ」に訛ります。

  • 「しち(七・質)」→「ひち」
  • 「しちじょう(七条)」→「ひちじょう・ひっちょ
  • 「しく(敷く)」→「ひく」
  • 「しなさんな」→「しなはんな」
  • 「○○さん」→「○○はん」
  • 「おせん(丁寧の助動詞『おす』の否定形)」→「おへん」

 まれに「ひ」が「し」に変わることもあります。「人」「一つ」「一人」など「ヒト‐」→「シト‐」というケースがほとんどです。

  • 「おひと(お人)」→「おしと」
2-1-2-4 母音短縮

 語尾の長母音が短くなる傾向があります。特にオの長音(オー)に顕著です。

  • 「先生」(せんせい→せんせ)
  • 「学校」(がっこう→がっこ)
  • 「蝶々」(ちょうちょう→ちょうちょ)
  • 「形容詞連用形+なる」(なごうなる→なごなる)
  • 「形容詞連用形+おす」(よろしゅうおす→よろしゅおす→よろしおす[前述の「ゆ→い」変化])

 3拍の5段活用動詞のみ、ウ音便を起こしたとき長母音が短くなる傾向があります。

  • 「笑うた(わろうた)」→「笑た(わた)」
  • 「迷うた(まようた)」→「迷た(また)」
2-1-2-5 「る」の撥音化

 「る」で終わる動詞の後ろに、ナ行の助動詞や助詞が続くと、「る」は撥音化して「ん」になることがあります。

  • 「よう雨が降なあ(降なあ)」
  • 「こっちへ来な(来な)」
2-1-2-6 「いの段」→「えの段」

「いの段」の音が「えの段」の音に転化することがあります。ただしこれは常にそうなるのではなく、単語単位でなるもの・ならぬものが決まっています。

  • 「でる」→「でる」
  • 「えす」→「えす」
  • つね」→「つね」
2-1-2-7 「わ」の脱落

「あの段」の音に後続する「わ」は、しばしば脱落します。

  • 「かなん」→「かなん」
  • 「かいらしい」→「かいらしい」
2-1-2-8 母音同化

「動詞+接続助詞『て』」の後に、「あ」または「お」で始まる補助動詞が続くとき、接続助詞「て」は補助動詞の先頭の音に同化します。

  • 「してある」→「したある」
  • 「しておる」→「しとおる」(さらに短縮化が起こって「しとる」とも)
  • 「しておく」→「しとおく」(さらに短縮化が起こって「しとく」とも)

 また「動詞+接続助詞『て』」の後に、「い」で始まる補助動詞が続くときは、補助動詞の先頭の「い」がしばしば脱落します。

  • 「している」→「しる」
  • 「していく」→「しく」

 これは単純に「て」の後ろで「い」が脱落しただけとも考えられますし、「シテイル→シテール→(母音短縮)→シテル」のような変遷の結果とも考えられます。

2-1-3 連母音について

 東京語などと同じく、「エイ」は長母音化して「エー」と発音される傾向にあります。

 この「エイ→エー」変化以外、京都の言葉では基本的に連母音の融合は起こりません。
 たとえば次のような現象は、日本各地いたるところの方言で見出される例ですが、京ことばにおいてはこのような訛はまったくといって良いほど聞かれません。

連母音の融合
変化の仕方
×[ai]→[eː] 「ない→ねえ」「高い→たけえ」
×[oi]→[weː]→[eː] 「凄い→すげえ」「恐い→こええ」
×[ui]→[iː] 「悪い→わりい」「古い→ふりい」

 エイ→エー以外の連母音融合が皆無に近いことは、京都言葉の大きな特徴の一つと言えます。

 もっとも、次のような例外もわずかながら存在します。

 これらは、かつては先の表に示したような連母音融合が起こることもあったのか、あるいは連母音融合の盛んな近隣方言から京都に輸入されてきたのかを示唆しているものと考えられます。


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