おすすめの京ことば関連書

 学会誌や紀要ではない、一般向けに市販されている京ことば関連書の中から、おすすめのものをピックアップしてみました。


おすすめの本

『京都府方言辞典』(中井幸比古・和泉書院)

 京都府下で明治以降に刊行された方言集・方言辞典147種と、著者ご自身の調査による補足語彙を合わせた約25000項目からなる方言辞典です。先行する方言辞典の総索引的な性格も持ち合わせています。
 単語の意味はもちろん、京都府内で発行された方言辞典のうちのどれにその単語が載っているかという情報も記載されていますので、その言葉が使われている大まかな地域も知ることができます。また京都市内で使われている言葉を中心にアクセント表記もついています。

記載例(著者ご本人より引用了解済)

アタン [名サ変] 仕返し.「~する」.  ◎美山 ◎園部 △京真 △京楳 △京辞 △洛味 ▽田原 〓上源  {京辞H1@, NH0}

カザ 匂い,臭い.「~がする」.  ☆弥栄 ☆間人 ☆野田 ※中六 ※山家 ※舞鶴 ※加佐 ※岡田 ※和町 ※福老 ◎美山 ◎園部 △京真 △京楳 △京辞 △洛味 ▽田原 ▽和束 ▽緊急(木津) 〓上源  {京辞H1@, NH0}

  • 語義解説の後の「◎美山、※三中、☆弥栄……」は、文字の部分(美山・三中・弥栄)が出典元の略称を、記号が地域区分をそれぞれ表す(☆=丹後、※=奥丹波、◎=口丹波、△=京、▽=京より南、〓広域)。

  • { }内は先行研究および著者ご自身の調査によるアクセント情報。頭にNのついているものが、著者ご自身が調査なさったもの。出典元と著者による調査とでアクセントが一致しない場合には@が付けてある。
    上の例で言うと、「かざ」のアクセントは『京辞』ではH1(●○)となっているが、著者ご自身の調査ではH0(●●)であったことを意味する。

 京都府の方言辞典としては間違いなく最大規模のものです。

『京ことば辞典』(井之口有一/堀井令以知著・東京堂出版)

 掲載されている言葉にはすべてアクセントが振られています。内容も単語の意味を解説するだけにとどまらず、京の文化・風習にまで解説が及んでいます。
 ピンクのカバーが目印です。

『京都のことば』(堀井令以知著・和泉書院)

 上の『京ことば辞典』の執筆者でもある堀井令以知氏が書かれた本で、こちらは京の暮らしや職業、行事などの紹介を通じて、京ことばが紹介されています。
 京の文化・風習も学べて一挙両得な一冊です。
 こちらもピンクの表装が目印です。

『京阪系アクセント辞典データCD-ROM』(中井幸比古・勉誠出版)

 本ではなくCD-ROMなのですが、この次にご紹介する『京阪系アクセント辞典』の基礎データとも言える位置づけのものなので、併せてご紹介します。
 高知・徳島・兵庫(小野・明石・太子町[垂井式])・和歌山(江住)・香川(高松・丸亀飯野・三本松)の各地点で採取した約2万語分のアクセントデータと、京都(旧市街・中川)・滋賀(野洲)にて16名の話者から採取した約14万項目分のアクセントデータとが収められています。

 また1960年代後半に録音された京都言葉の会話資料(話者は明治20年代から40年代生まれ)をアクセント記号付きで文字に起こしたものや、1990年代に録音された会話資料(話者は明治末期~大正)の文字化資料並びに音声データも収録。さらに、大阪の落語レコード(話者は幕末生まれ)のアクセント記号付き文字化資料も附属しています。

 京都アクセントの資料としては質・量とも最高のものです。京阪式アクセントの研究をなさる方にとっては必携の一品です。

『京阪系アクセント辞典』(中井幸比古・勉誠出版)

 前述のCD-ROMの解説編とも言えるものです。京阪式単独のアクセント辞典としては、おそらく2002年末現在最大のものです(見出し項目約20000語)。
 京都のアクセントのみならず、周辺部(兵庫県西部・紀伊半島南部や四国等)のアクセントも併記されていることに加え、京阪系アクセントについての概要や複合語のアクセント法則にいたるまで、詳細な分析や解説がなされていますので、京阪系アクセントの全容がよくわかります。

『金田一春彦著作集第七巻』(金田一春彦・玉川大学出版部)

 前半に収録されている「国語アクセントの史的研究 原理と方法」には、アクセント研究の場でよく使われる「類別語彙表」が掲載されています。
 また後半に収録されている「日本の方言 アクセントの変遷とその実相」には、能登半島のアクセント分布をヒントに、京阪式アクセントが変化して東京式アクセントが出来るその過程について説いた「東西両アクセントの違いができるまで」が含まれています。

 元々一般書として刊行されたものをまとめたものですので、この種の本としては比較的取っつきやすいのではないかと思われます。

 なお同じシリーズの第五巻として、院政期から中世にかけての京都アクセントを通時的に述べた『四座講式の研究』も出ています。こちらは元が論文ですのでやや難しいと感じられるかもしれませんが、京阪式アクセントを本格的に学ぶ際には必読の書です。

参考になる本

『全国アクセント辞典』(平山輝男編・東京堂出版)

 世の中にアクセント辞典と名の付くものは数あれど、そのほとんどは東京式アクセントの辞典です。そんな中、東京式アクセントと併せて京都と鹿児島のアクセントをも載せているのがこの『全国アクセント辞典』です。
 さらには、東京・札幌・秋田・松本・沼津・広島・大分(以上東京式アクセント)、京都・兵庫・富山・珠洲・高知(以上京阪式アクセント)、鹿児島、都城のアクセント対比表も載っています。

 ただしこの辞典、「東京でこう発音するところを、京都/鹿児島ではこう発音する」というスタンスで作られているため、京都特有の方言は残念ながら取り上げられていません。

 この他、古典文法について知ることも間接的ながら京ことばを知る上で役に立ちます。江戸時代前期までは、都の置かれていた京都及びその周辺地域以外の言葉は文献に記録されることも少なかったので、古典というのは「京ことばの昔の姿である」といっても過言ではないからです。
 そのため、江戸が勢力を増してくる江戸時代中頃までの日本語の移り変わりを知ることは、そのまま京ことばの移り変わりを知ることにもなります。

 一方、「関西弁」という括りで話を進めている書物には要注意です。具体的に関西のどこの言葉について述べているのか分かりづらいというだけでなく、関西の言葉を一まとめに扱おうとしている時点で、書き手がちゃんと関西地方の言語事情(例えば断定のヤの代わりにダを使う地域もあることや、東京式アクセントを使う地域もあることなど)を把握していず、単純に自分の使っている言葉が、さも関西全域で使われているような錯覚に陥っている可能性があるからです。


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