2-5. 京都アクセントと東京アクセントとの関係
~類別語彙表

目次


2-5-1 京都アクセントの習得

 いざ京ことばを話そうとしても、単語のどこにアクセントを置けばいいのかわからない。これは方言を覚えようとする際、誰しもが必ずと言っていいほど突き当たる壁ではないでしょうか。

 以前の章でもご紹介しましたとおり、日本語のアクセント体系には「京阪式アクセント」「東京式アクセント」「特殊式アクセント」「一型(崩壊)アクセント」の4種があり、このうち京都と同系統の「京阪式アクセント」が分布する地域の方は、楽に京都アクセントを覚えられるでしょう。

 逆にもっとも苦労なさるのは、アクセントが崩壊してしまっている地域(山形南東部・宮城南部・福島・茨城・栃木各県全域・福井越前地域・福岡の筑前西部と筑後全域・熊本北東部・宮崎全域など)の方で、ついでアクセント区別が極端に減ってしまっている「特殊式アクセント」が分布する地域(鹿児島・熊本南西部・長崎など)の方でしょう。

 では「東京式アクセント」が分布する地域(茨城・栃木を除いた関東・甲信越・中部・福島・山形南東部・宮城南部を除いた東北・北海道・中国・九州の福岡豊前地域から宮崎にかけての地方)の方はどうでしょう。
 ちょっと考えただけでは、東京式アクセント分布地域の方も苦労しそうに思えますが、実は「ある法則」を用いることで、普段ご自身が用いているアクセントから、ある程度までなら簡単に京都アクセントが導き出せます。

 以下、その「ある法則」について解説いたしましょう。

2-5-2 簡単なアクセントの相互変換法~「一拍ずれ」の法則

 たとえば「水を飲む」「風が吹く」などの「水を」「風を」という言葉を、東京では○●●と発音しますが、京都ではまっすぐ平板に●●●と発音します(記号についてはアクセント記号解説の頁参照)。

 また同じように「雪が降る」「音が鳴る」などの「雪が」「音が」を東京では○●○と発音しますが、京都では●○○と発音します。
 このような対応関係をまとめてゆくと、次の表1のようになります。

表1 京都・東京アクセントの対応関係
(2拍名詞に助詞「が」のついた形で比較)
京都東京
「水が・風が・顔が」等 ●●‐● ○●‐●
「雪が・山が・川が」等 ●○‐○ ○●‐○
「船が・海が・空が」等 ○○‐●
※助詞なしの時は○●
●○‐○
「声が・春が・秋が」等○●‐○

 きれいに対応しています。
 それにしてもこの対応関係はいったいどういう根拠によるものなのか不思議に思われませんか。その秘密は、文単位で両アクセントを比較してみた時にハッキリ浮かび上がります。下の表2をご覧ください。

表2 文単位でのアクセント比較
文  例 「風が吹く」
かぜがふく
「花が咲く」
はながさく
京都のアクセント ●●●○● ●○○●●
東京のアクセント ○●●●○ ○●○○●

 もうお分かりですね。実は、京都のアクセントと東京のアクセントとでは、高い拍[●]が一拍ずれているだけなのです。

 もちろん、すべての単語や文節がこの法則だけで説明できるわけではありませんが、この法則は東京の方が京都のアクセントを習得したり、近畿の方が共通語のアクセントを習得したりする際には大いに役立つことと思われます。

表3 参考・対応関係がない語
(助詞「に」をつけた形で比較)
京都東京
「人に・北に」等 ●○‐○ ○●‐●
「力に」等 ●○○‐○ ○●●‐○

2-5-3 京阪式アクセントと東京式アクセントの関係

 ではなぜ京阪式アクセントと東京式アクセントとの間には、前節で見たような対応関係が存在するのでしょうか。

 京阪式アクセントと東京式アクセントとの対立がいつ・どのようにして生まれたのかについては、古くから様々な説がありましたが、現代では金田一春彦氏の「東京式アクセントは平安末期以前に、当時の京都アクセントから派生した」という説*1がほぼ定説となっています

 つまり前述の対応関係(一拍ずれ)というのは、この「院政期以前に起こった派生」の痕跡を利用しているのです。そのため近世以降生まれた新しい言葉や外来語には、この対応関係は働いていません。
 しかし日本古来からある言葉なら今でもかなり対応関係が生きているため、ある程度までなら簡単に東京式→京阪式へのアクセント変換ができるのです。


2-5-4 類別語彙表

 これまでは主に京都アクセントと東京アクセントとの間の対応関係をご紹介してきましたが、この種の対応関係は、他の方言同士の間にも多かれ少なかれ存在しています。
 しかしそのことについて論じる際、いちいち「東京で●○型に発音される単語のグループが~」などと言っていては不便です。このような時に便利なのが、「類別語彙表」と呼ばれる表の「類別番号」を使うという方法です。

 類別語彙表とは、「アクセント型が同じである単語同士をまとめた表」のことで、金田一春彦氏によって作られたもの(金田一類別語彙表)が特に有名です。

金田一類別語彙表の基本

 具体的には次の通りです。

金田一語類の概要
所属語彙の例(抜粋)平安期京都アクセント型
1拍名詞
第1類 蚊、子、血など ●型(=●●型)
第2類 名、葉、日など ◐型(=●○型)
第3類 木、手、火など ○型(=○○型)
2拍名詞
第1類 姉、牛、顔など ●●型
第2類 石、昼、雪など ●○型
第3類 米、月、山など ○○型
第4類 糸、松、麦など ○●型
第5類 雨、声、前など ○◐型
3拍名詞
第1類 形、衣、桜など ●●●型
第2類 小豆、女など ●●○型
第3類 小麦、力など ●○○型
第4類 頭、言葉など ○○○型
第5類 朝日、心など ○○●型
第6類 雀、燕、左など ○●●型
第7類 苺、鯨、薬など ○●○型
1・2拍動詞
第1類 似る、寝るなど ●●型(連体形)
第2類 出る、見るなど ○●型(連体形)
2拍動詞
第1類 言う、行くなど ●●型(連体形)
第2類 ある、書くなど ○●型(連体形)
2・3拍動詞
第1類 上げる、当てるなど ●●●型(連体形)
第2類 起きる、下げるなど ○○●型(連体形)
3拍動詞
第1類 上がる、歌うなど ●●●型(連体形)
第2類 急ぐ、下がるなど ○○●型(連体形)
歩く類 歩く、隠す、入る、参る ○●●型(連体形)
2拍形容詞
―― ない、良いなど ○◐型(終止形・連体形)
3拍形容詞
第1類 赤い、遠いなど ●●◐型(終止形・連体形)
第2類 白い、近いなど ○○◐型(終止形・連体形)

 前出の表1を類別語彙表に基づいた言い方に直すと、「2拍名詞のアクセントは、現代京都では1類が●●型、2類と3類が●○型で、4類が○●型、5類が○◐である。これに対して東京では1類が○●(次の拍は●)型、2類と3類が○●(次の拍は○)型、4類と5類が●○型である」というふうになります。

 金田一類別語彙表は何度か改訂されていて、表によっては3拍名詞に類別番号が与えられていなかったり、3拍第3類がなかったりするものもあります。その一方、後に発表された表には、3・4拍動詞(連用形・旧終止形が3拍、連体形が4拍の動詞。与える・集める等)や、シク活用の4拍形容詞(旧終止形が3拍)が追加されているものもあります。

金田一類別語彙表の種類

 類別語彙表の利点は、「ある類に属する単語のうち、代表的なもの何語かのアクセントが分かれば、その類に属する他の単語のアクセントについても当たりがつけられる」という点です。これはまだあまり解明が進んでいない方言をこれから調査しようという場合や、過去の特定の時代のアクセントについて考察するような場合に役立ちます。

 なお金田一類別語彙表は、もともと現代諸方言のアクセントを比較・検討する過程で生まれたもので、決して平安期の京都アクセントの分類表ではないということにご注意ください。例えば「まづ」「良く」「なく」等は、院政期の京都アクセントでは◑○型(まあ-づ:○●-○型)であったと推定されていますが、このような音調型の類は金田一類別語彙表には載っていません。

 現代諸方言よりとされる金田一類別語彙表に対して、文献資料のほうに重きを置いて編まれた同種の表としては、「早稲田語類(『日本語アクセント史総合資料 研究篇』収載)」があります。早稲田語類は一部、金田一類別語彙表とは単語の分類が異なるところもありますが、類別番号に関しては金田一類別語彙表のものを継承したうえで、独自の拡張を施しています。

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