他府県の方が関西の言葉と聞いてまず思い浮かべるのが、「そうや」「するんや」などの「や」ではないでしょうか。これは「断定の助動詞」と言われ、共通語の「そうだ」「するんだ」などの「だ」にあたるものです。
この「や」と「だ」は意味だけでなく実は成立過程も同じで、元々「~である」であったものが次のように変化してできたものです。
地区 | 鎌倉時代 | 室町時代 | 江戸時代 | 明治以降 |
---|---|---|---|---|
京阪及びその周辺部 | である | であ | ぢゃ(じゃ) | や |
近畿地方以外の西日本 | ぢゃ(じゃ)~や | |||
東日本・山陰 | だ | だ |
語源も成立過程も同じですので、当然ながら活用の仕方も「や」と「だ」は似ています。
助動詞「や」 | 助動詞「だ」 | ||
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言い切り | や | ○ | だ |
過去形 | やった | ○○○ | だった |
推量形 | やろう | ●○○ * | だろう |
しかし、こと用法となるとかなり異なります。もっとも異なるのが、助動詞「や」は丁寧語「ます・どす(です)」にも付くという点です。東京では「しますのだ」「そうですだろう」などとは普通言いませんが、京都では、
などの言い方がごく普通になされます。つまり東京語や共通語では「だ」と「ます/です」とが対立するのに対し、京都語では「や」と「ます/どす(です)」とが対立しないのです。
共通語「だ」とのもう1つの違いは、助動詞「や」は文の先頭に立つことができないという点です。「だ」の場合は、「だけど」「だから」「だったら」のように、助動詞「だ」から文を始めることもできますが、京都語の助動詞「や」はこのような使い方ができません。必ず「そう」かその短縮形「そ」を先行させて「そうやけど・そやけど」のように言います。
先の成立過程図にもある通り、「じゃ」は「や」の古形です。しかし現在でも「や」の強調形として、主にいらだちを表現する時などに使われます。
「何するんや?(普通の口調)」「何するんじゃ!?(激高)」
ちなみに「美しいやないか」「こうやないか?」などの「や」は、断定の「や」とは関係ありません。これは「~ではないか」→「~じゃあないか」→「~じゃないか」→「~やないか」という変遷を経た結果、結果的に断定の「や」と同じ音になっただけです。
「~やないか」は省略して「~やんか」とも言われます。この表現については語彙の「やん・やんか」の項もご覧ください。
助詞「の」と助動詞「や」とが組み合わさった「のや」は使用頻度が高いこともあり、しばしば発音が崩れて「んや/○○」「にゃ/○」とも言います。
またこれらと似た意味で、「ね/○・ねえ/○○(大阪言葉の「ねん」に相当)」という言い方もあります。これは助詞「の」+助詞「え」からなる「のえ」の転とも、「にゃ」同様に「のや」の転とも考えられています。
「~んや」は東京語の「~んだ(例:あるんだ・するんだ)」に相当する口語表現ですが、京都語ではもっと簡略化された「にゃ・ね」という言い方があるためか、あまり使用頻度は高くありません。もっとも「にゃ・ね」は、形容詞や(助)動詞の過去形に付くことができないため、そのような時はもっぱら「なかったんや」「したんや」のように「んや」が使われます。
「にゃ」と「ね・ねえ」の使い分けはそれほど明確ではないものの、後ろに助詞が続く時は「にゃ」が多く、そこで文を言い切る時は「ね・ねえ」が多い傾向にあります。また「にゃ」のほうは、「しんどいにゃろう?(←原形:しんどいのやろう?)」「昨日のうちに言うとくにゃった(←原形:言うておくのやった)」のように活用させることもできますが、「ね・ねえ」のほうは活用させることができないという違いもあります(この特徴はネがノエの転である可能性を強く示唆しています)。
「んや・にゃ・ね(え)」は丁寧の助動詞にも付くことができ、「さっき済ましてきましたんや」「これは何どすにゃ?」「きっとこれから行かはりますにゃわ」「これから出かけますね」のように言うこともできます。なお最後の文例は字にすると間投助詞の「ね」と区別が付きませんが、アクセントが違う(間投助詞のネは◐)ので口に出して言うと容易に区別できます。
一方「んや・にゃ・ね」には、それぞれ使えない場面というものもあります。
まず「んや」が使えないのは、直前に「ん」が来る場合です。例えば「言わへんのや」という文の「のや」は、直前に否定の「ん」があるため「んや」になることはありません。この場合は「言わへんのや」「言わへんにゃ」「言わへんね」の3択です。
このケースに限っては、「のや」に書き言葉的な堅い響きはありません。
一方「にゃ・ね」が使えないのは先述の通り、直前に形容詞や(助)動詞の過去形が来る場合です。例えば「なかったにゃ」「したね」のような言い方はできません。この場合は「なかったのや」「なかったんや」の2択で、後者のほうがより口語的です(大阪語であれば「なかってんや」「してん」のように、「~てん(や)」と言うこともできます)。
なお「それは私のや(私のものや)」のように、助詞「の」が「~のもの」の省略形として使われる場合には、「のや」は常に「のや」のままです。発音が崩れて「んや・にゃ」になることはありません。
「いる」や「ある」など「る」で終わる動詞の後ろに、「の・のや・にゃ・ね」や助詞の「な」などナ行で始まる接尾辞が付くと、動詞語尾の「る」は「ん」に変化することがあります(参照⇒「『る』の撥音化」)。
とりわけ「にゃ・ね」が続く場合は、ほぼ確実にこの撥音化(る→ん変化)は起きます。
しかしこの発音傾向も多用すると、「うまいことできんなあ」のように「~できるなあ」の意味にも、「~できぬなあ」の意味にも取れてしまうケースが出てくるので要注意です。